わたしたちが生きる行為は生命の全体的な営みである。
心・体・命・人生・自然。
お互いが関係性を持ちながら部分と全体とが相互に影響しあっている。
自然界は常に変化のプロセスにいるからこそ、時にはわたしたちの心身も変化し、バランスは崩れる。
心身と命のバランスを失いかけている時には、全体性を取り戻す場が必要だ。
完璧で完全な場は存在しなくても、全体性が保たれている場は生み出すことができる。
2020年の新型コロナウイルス流行を契機に、社会は大きく変わる。もう元には戻れない。
わたしたちはお互いの距離を大切にし、あらゆる生命との距離を大切にする社会へとシフトする。
色々な転換が起きる。量よりも質を大切にする。浅いつながりよりも、深いつながりを求める。「いのち」の根元を見つめなおし、「いのち」と結びついた社会を求める。
わたしたちは、「生命力」や「共感力」といった「力」を必要とし、そうした「力」を分け合い、共有する場を共に創り上げていく。
このコロナ渦で、ドイツ政府が「アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要だ」と唱えたが、「アートがわたしたちの生活を支える大切な社会基盤である」との考えは、まだ日本では定着していない。
山形ビエンナーレは、現役の医師が芸術監督を務める芸術祭として、わたしたちが固有の健康を回復する未来の養生所になることを目指す。「いのち」に対して開かれ、「いのち」というフィロソフィーを共有する芸術祭でもある。
わたしたちの「いのち」は、森羅万象に開かれている。
わたしたちひとりひとりは、一対一で宇宙に対峙している。
この過酷な自然環境の中で、どんな絶望の中でもどんなに困難な状況でも希望を持って生きていくことを、多くの先人たちが繰り返してきた。それこそが人類の歴史だ。
どんなにくじけそうなときでも、文化や芸術の力によっていのちに火が灯され、心身が目覚め、いのちが力を呼びさまされて蘇生する。
「芸術」と「祭り」の本質を損なわないようにしながら、現代でどのようにして芸術祭は開催できるのだろうか。
直接的にも間接的にも文化や芸術に携わる人たちが、「アーティスト(アート)は必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要なのだ」という問いへの返答として、共に悩み、共に考え、共に心を動かし、共に表現することこそが、新しい時代の芽生えとなる。
そうした問いへの返答を、未来へと投げかける芸術祭である。
稲葉俊郎(Toshiro Inaba)/医師、医学博士。1979年熊本生まれ。2004年東京大学医学部医学科卒業、東京大学医学部付属病院循環器内科助教(2014-2020年)を経て、2020年4月より軽井沢病院総合診療科医長、信州大学社会基盤研究所特任准教授、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員、東北芸術工科大学客員教授を兼任(山形ビエンナーレ2020 芸術監督 就任)。心臓を専門とし、在宅医療、山岳医療にも従事。西洋医学だけではなく伝統医療、補完代替医療、民間医療も広く修める。未来の医療と社会の創発のため、あらゆる分野との接点を探る対話を積極的に行っている。
〈書籍(単著)〉「いのちを呼びさますもの」アノニマ・スタジオ(2017年)、「ころころするからだ」春秋社(2018年)、「からだとこころの健康学」NHK出版(2019年)、「いのちは のちの いのちへ」アノニマ・スタジオ(2020年)
〈書籍(共著)〉大友良英×稲葉俊郎「見えないものに、耳をすます ―音楽と医療の対話」アノニマ・スタジオ(2017年) など。
webサイト:https://www.toshiroinaba.com/